創作過程〜
稽古場レポート

第4回 開幕へ

2019年10月27日(日)東京・森下スタジオ。この日、KUNIO15『グリークス』の出演者たちがプレビュー公演の劇場入り初日を迎えた。数日前からスタッフチームは準備に入っており、午後12時、すでにしっかり舞台美術の建てられた舞台上に一同が集合。舞台上や舞台裏の説明が行われたあと、すぐにリハーサルがスタートした。チーム『グリークス』は、11月1日(金)・2日(土)にこの場所で行われるプレビュー公演を皮切りに、約1ヶ月をかけて京都・横浜を巡ることになる。

 

時計の針を巻き戻すこと、およそ3週間。10月上旬、約2ヶ月間の充電期間を経て、『グリークス』稽古の後半戦が始まった。この間にスーパー歌舞伎II(セカンド)『新版 オグリ』を手がけ、そちらの開幕を見届けてから稽古場に合流した演出家の杉原邦生は、稽古場に現れるや、前置きなしに「やるよ!」の一言で稽古を再開したというから、後半戦は最初からフルスロットル。杉原の合流前から俳優陣は復習稽古を開始しており、すでにエンジンは十分に暖まった状態だ。それにしても、上演時間10時間、全10幕100場の物語を再び立ち上げ直すのだから並大抵のことではない。
 それだけに、一同を受け入れる体制は万全だった。横浜公演の会場であるKAAT 神奈川芸術劇場の稽古場には、実際の舞台美術がほぼ実寸で再現されていて、テクニカルスタッフも常駐している状態。音響チームも稽古に立ち会っており、本番と同じ音楽や効果音を流し、杉原のオーダーに応じて、その場で調整を重ねていく。ちなみにスタッフ陣は、杉原が演出したKAATプロデュース作品『ルーツ』『オイディプスREXXX』からの続投となる顔ぶれや、杉原作品ではおなじみのメンバーも多く、やり取りの様子をうかがっているだけでも、互いの関係性が十分に築かれていることがわかった。少ない言葉数でスムーズに作業が進められていくあたり、まさにプロフェッショナルの仕事そのものだ。

杉原邦生という人は、いつも“空間”をきわめて大切にする演出家である。自ら手がけることの多い舞台美術で、あるいは俳優や道具で、空間をどのように満たすのか。そこにどんな光と影がもたらされ、どんな音が聴こえるのか。そんなことを、常に優先順位のとても高いところに置いている(と、筆者は思う)。だから稽古場では、それぞれの要素を同時にカスタマイズしながらひとつの空間を織り上げていくのだし、構成を担当した『東海道中膝栗毛』(2016~2019)の場合でさえ、物語と並行して、空間がどう展開するのかをイメージしていたという。そんな杉原が、残りわずかな時間で『グリークス』という作品を仕上げていく上では、なるべく本番に近い稽古場の環境が、きっと作品に厚みをもたらす強力な追い風となったことだろう。
 そして、それは俳優陣にとっても、スタッフチームにとっても同じだったのかもしれない。そう思ってしまうのは、森下スタジオの会場狭しと建て込まれた舞台美術の中、リハーサルに臨む一同の姿が、とても劇場入り初日のものとは思えなかったからだ。上演時間10時間、全3部構成の作品を5日間で公演本番まで導くため、リハーサルは1日につき1部ずつ実施される計画。すべてがハイペースで進められることは明らかだったけれども、現場では誰もが落ち着いている。もっと正確に言えば、本番目前の緊張感と熱を静かにたぎらせながら、すべてが淡々と行われていく。稽古で積み重ねられてきたものを“プレビュー仕様”に調整するため、杉原はあらゆる局面で迅速に判断し、キャスト&スタッフもすぐさま対応する。これまた、まぎれもなくプロフェッショナルの仕事。重要な場面ではじっくりと時間をかけ、また時には目を見張るほどスピーディに、リハーサルは進められていった。現場の集中力はとても高く、1~2時間など、あっという間に過ぎていく。

この文章を書いている時点で、筆者が見ることができたのは、実は第1部「戦争」のリハーサルのみ。つまり全体の3分の1にすぎないわけで、これまでレポートをさんざん訳知り顔で書いておきながら、KUNIO15『グリークス』の全体像は、まだぜんぜんわかっていない。しかし舞台上にて、これまで稽古場で見てきたドラマやイメージの断片が実を結び、次々と具現化されていく様子は壮観だった。あらゆるドラマの根源ともいうべきギリシャ悲劇たる『グリークス』だが、今回の上演には、予想もしないサプライズがたくさん仕掛けられている。本編のお楽しみを前もって明かしてしまわないよう、あえて詳しくは書かないが、きっと観客のみなさんは、開幕直後から驚かされることになるはずだ。
 劇場入りの初日を終えたあと、杉原は、ぽつりと「やっぱりエンターテイメントじゃないとね」とつぶやいた。「どうせ作るなら、スゴいものにしないと」。一日の最後に行われていたのは、第3幕「トロイアの女たち」のハイライトのひとつというべき、とあるシーンのリハーサル。これまた事前には絶対にお伝えできないものの、これぞ「やっぱりエンターテイメントじゃないとね」精神の賜物である。戯曲の本質を掴み取りながら、あらゆる文脈を押さえ、しかも紛うことなきエンターテイメントに仕上げることが杉原演出の真髄なのだとしたら、きっと『グリークス』にはその粋が詰め込まれているはず。冒頭から全速力で走り出す物語の世界に乗り込んだら、10時間後にはどんな風景を目にすることになるのだろうか。半年近くをかけて産み落とされた大作が、いよいよその幕を開けようとしている。

稲垣 貴俊 INAGAKI Takatoshi

執筆業。主に海外ポップカルチャー(映画・ドラマ・コミックなど)を専門に執筆・取材活動を展開。『シャザム!』『ポラロイド』劇場用プログラムへの寄稿、ラジオ番組出演なども行う。演劇作品にも携わっており、過去には、木ノ下歌舞伎『東海道四谷怪談―通し上演―』『三人吉三』『勧進帳』(2016年版)『黒塚』『心中天の網島』などで補綴助手を務める。KUNIO作品では『水の駅』で文芸を担当した。

KUNIO15
グリークス

11月10日(日)
京都芸術劇場春秋座
11月21日(木)〜30日(土)
KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
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